“ゆとり”嘆くより…「数学35位の国」に学べ・バザー品に、ミサンガをハンドメイドしませんか。親子で対話できる話題・教育問題から気になる話題についてのブログです。

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“ゆとり”嘆くより…「数学35位の国」に学べ


“ゆとり”嘆くより…「数学35位の国」に学べ

この記事を読み、いやに納得してしまいました。
わが子の通う学校でも、まさにこれそのもの。
学業にも熱心な親だと思う私ですが、親そのもののありかた。
しつけや学校活動への協力のなさ・・・これだから学業にも影響するのだろうと
いつもいつも思っています。学校活動には忙しいながらも奉仕してきました。
だからといって完璧な親ではない自分ですが、
少なからずとも、できる限りのことには(無理してはいますけど)参加してきました。
ですが、まだまだ不足していることもあり、今年一年を振り返り、
まだまだ改善すべき点や見直すことが必要な子育てがあったと反省したいと思います。


■「生活の場」重視する米国の親と学校・・・
12月初め、子供たちが2学期の通信簿を持ち帰るより早く、それぞれの国の
教育に対する“成績票”が発表された。
 OECD(経済協力開発機構)による世界57カ国・地域の15歳を対象にした
2006年の「国際学習到達度調査(PISA)」。日本は数学が03年の6位から10位に、
科学は2位から6位に低下。危機感を感じた親は多かったのではないか。

 ところが米国は、もっとひどかった。
 科学の順位は先進国中最低の29位、数学は35位。メディアは「かつて国際的な
“黄金標準”だったアメリカの教育が、今やOECD平均にも達していない」
(クリスチャン・サイエンス・モニター紙)と嘆き、増加する移民や貧富の差など
多様性も“敗因”のひとつと分析した。
 わが息子は、10位と35位の国の、2つの小学校1年生を体験している。
その差は確かにかなりある。

 息子は1年前、日本で2学期を終えて渡米。日本では3ケタの足し算まで学んだが、
米国で待っていたのは1ケタの足し算。
「赤いクレヨン4本と、青いクレヨン3本で合計何本?」などという問題で、
「先生が黒板にクレヨンの絵を書くから、数えればいいだけだよ」と息子は得意そうだ。
 2ケタの足し算もそこそこに、授業はあっという間に図形の呼称へと移った。
三角形、四角形はもちろん、台形やひし形まであり、息子にはむしろ英語を覚えるほうが
大変だった。かと思うと夏休みの宿題に出てきたのは、日本なら3年生以降で教える
等号・不等号。
 教科書はなく、楽しさに重きを置いたプリントだけ。あらゆる概念をさっとなでていく感じで、復習の暇もない。これでは落ちこぼれが出るのも当然だろう。ちなみに息子の通う学校は、
米国でも水準が高い地区で1、2を争う“いい学校”だ。

 1クラスの生徒は20人。いつでも席を自由に立てる。おやつの時間があり、
おもちゃを持ってくるのもOK。よくできれば、お菓子のごほうびがもらえる。
和気あいあいとした米国の小学校は、「教育」というより「生活」の場に近い。
 「大体アメリカ人は、知性や高い教育を重視しない。学校に、教育より
しつけを求める親が多いから、教師は一部の問題ある生徒の世話に追われる」というのは、中学2年を筆頭に3人の息子をもつリーシャ。「公教育の見通しは暗いと思う」と断言する。
 知性より実利を重んじる米国人の伝統は、自然とともに生きた開拓時代に端を発する。
確かに高等教育が必要な医師などの職業は、中国や韓国、インドなど、
アジア系移民が急増。白人の割合が激減している。
 だが「生活の場」の良さもある。息子の学校には、常に保護者が出入りしている。
送り迎え、さまざまな行事や授業のサポート。遠足にも親が参加する。
息子が転校してきた当初は、日本語が話せるというお父さんがボランティアで
教室に何度か足を運んでくれた。

 一方、日本で通っていた都内の公立小学校では、学級崩壊したクラスのために
校長先生が親にボランティアで授業の補佐を依頼したところ、一部保護者が
「それは強制なのか」と反発したことがあった。
 私も週に1回は、ボランティアで学校に顔を出す。日本の学校のようによそよそしくない、
先生と子供たちがいつでも笑顔で迎えてくれる学校は確かに心地よい。
 調査では、成績の低下もさることながら、日本の子供の勉強を楽しいと思う
子供の少なさや、自信のなさも話題となった。一方、米国の子供は、
自信や楽しいと思う気持ちが群を抜いて高い。

 初等教育はともかく、米国の高等教育の競争力はいうまでもない。
学力低下はゆとり教育のせい、とする前に、親と学校ができることがある。
35位に学ぶこともあると思うのだが、いかがだろう。(内藤敦子)

学校は集団生活を学ぶ場であります。社会にでるまえの
子どもの世界で学ぶ社会生活です。確かに低下している教員もいるのかもしれませんが
親が親としての責任をとらないということも現実にあります。
学校に求めるものが高く、では家庭ではどうですか?と問いたくなる家庭もあります。
数年前、じっと座っていられない子ども達が増えました。
学級破壊なども日常起こっています。授業中、うろうろ歩く子ども。
先生に押さえつけられなければ座っていられない子どもたち。
どうしようもない生理現象を除き、給食時間に平気でトイレにいく子供たち。
学校の活動にはボランティアでかなり奉仕してきました中で、
学校に行くことも多かった自分。目にあまる行動も見かけました。
目上である先生に平気で暴言をはく子どももいます。
これは、学校教育以前の問題であり、家庭でのなすべき しつけを
どこかで間違ってしまったのだと思います。ある一定の年令までに
取得していたい しつけがなされていないからなのかもしれません。
先生方は そんな子ども達の対応に追われ、勉強どころではありません。
ではその子たちの親に言えば?いえいえ・・・言えば、まさに逆切れ。もしくは
教育委員会にうったえる親もいます。わが子の姿を第三者的には認められないみたいです。
普通に生活している親や子どもたちには迷惑そのものです。

その子どもたちの親はPTA活動には一切参加しない方もいます。
むしろ、何をするにも文句ばかり。やらない人ほど文句を言うといった感じです。
もちろん、わが子のことがよくわかっていて一生懸命な親もいますが、
現実には少ないかもしれません。
子どもたちは家と外での顔を使い分けている場合もあります。
うちではそんなことないのよ・・・なんていわれる方も多いため、
先生から言われれば、それが納得できないこともあるのかもしれません。
今の親全部を批判するつもりはありません。←自分も今の親なので
ですが、しつけをなされていない子どもたちの中で学業に足跡を残している子どもは
割合的に少ないのも感じています。
地域によっても異なりますが、生計をたてる親が忙しく、
また格差社会も影響しているのかもしれません。
「学校の活動にかかわっている余裕はない」と言っていた母もおりました。
生活をしていくために必死に働いているのですから、そう言われてもしかたありません。
核家族になり、親が忙しい家庭で助けてくれる周りがいなくなってしまったのも
あるのかもしれません。昔でしたら近所の知らない大人が注意することもありましたしね。
人間関係の希薄さも今の環境をつくってしまったのかもしれませんね。


(引用;イザニュース
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/education/112427/)
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